離婚を親に伝えるタイミング – 事後報告にした私の体験談

 

いざ離婚するとなった時、

・誰にいつ伝えたほうが良いのか

・そもそも伝える必要があるのか

悩ましいですよね。

 

今回は私自身が、「自分の親」へ「いつ」「どのタイミングで」伝えたのかをお話したいと思います。

 

日頃からの親との関係性や、離婚の経緯などによって、状況は様々。

animo

正解はない事柄なので、こんなケースもあるんだなと思って下さい。

 

親との関係性

実家時代

小さい頃は、父方の祖父母、両親、兄の6人家族でした。

祖母は私が中2の時に、祖父は就職してから亡くなりましたが、2世帯住宅に3世代で暮らす、一般的な家庭。

 

祖父が建てた家に住んでいたので、経済的には恵まれていたと思います。

 

中学・高校・大学と私立に通い、兄とともに教育にはとてもお金をかけてもらいました。

とても感謝しています。

 

 

ただ、家の中は結構ギスギスしていました。

 

バブル時代全盛期の父は、仕事や飲み会で毎日帰りが遅く、夜はいつも酔っ払って帰ってきました。

その分、週末は寝ていたり、自分の趣味に没頭していたり、構ってもらった記憶は少ないです。

 

父は普段家にいない割に、兄の素行や成績に問題があると、「ちゃんと教育していないからだ」と母を責めるような発言をしていました。

これが原因か、兄と父は常に険悪で、現在もほぼ絶縁状態です。

 

専業主婦だった母は、同居のストレスもあったと思います。

常に父に対する愚痴を言っていました。

 

また、母は片付けが苦手で、いつも家は散らかっていました。

父は、このことに腹を立て、母が涙するまで罵倒していました。

 

幼いながらに両親の喧嘩が嫌で嫌で、布団の中で耳を塞いでいたことを思い出します。

 

母や兄が父と上手くいかないことを見ていたので、自分で言うのもおかしいですが、私は家の中で上手く立ち回っていました。

成績優秀、問題行動はしない、一般的に親が喜ぶ「自慢の娘」ルートを歩いたのです。

 

大切に育ててもらい、私自身が両親と話さないとかはなく、特にグレることもなく成長しました。

 

それでも家の居心地が悪い・・・とずっと感じていた私は、早く自立して家を出たいと考えていました。

 

 

結婚・出産後

就職と同時に、一人暮らしをはじめました。

母は私が家を出ることを嘆いていましたが(苦笑

 

一人暮らしは楽しかったな〜。

年末年始は帰省しましたが、それ以外は羽を伸ばしていました。

 

予想外に早く結婚を決めたため、一人暮らしはあっけなく終了。

大学の同級生との結婚で、両親の反対などはなく、さらっと結婚式を済ませました。

 

両親世代では一般的だと思いますが、「女の子は早く嫁いだほうが良い」という考えを持っており、私が早々に結婚したことを喜んでいました。

 

そして、すぐに娘に恵まれました。

初孫のため、両親は絵に描いたように娘を可愛がってくれています。

歳をとって落ち着いたせいもあり、ふたりとも柔らかくなりました。

子育てが終わって、喧嘩のタネは家が片付いていないことくらい(←まだやってます)。

 

娘が生まれて実家に帰る回数は、少しは増えたものの・・・

ゴールデンウィークと夏と年末年始の3回ぐらいでしょうか。

さほど遠いわけではないのに、この頻度(笑

 

私自身が実家を好きになれないのが原因ですね。

孫の顔を見せる「親孝行」だと思って、帰省しています。

 

はじめての育児が大変な時も、「親に頼る」という選択肢は考えませんでした。

 

animo

結局、実家がいつまでたっても好きになれない・・・子供の頃の環境だけでなく、私の性格の問題も大きいかな。

 

 

離婚を考えた時、親に相談したか

上記に示したような経緯もあり、

・親に本音でぶつかる

・進路を相談する

・恋愛・結婚について相談する

・悩みを打ち明ける

ということを、してこなかった私。

結婚生活が徐々に上手く行かなくなってきた時も、未来について悩んでいる時も、親の前では「家庭生活に問題はない良い子」を演じていました。

 

離婚の原因は一つではなく、いろいろなことの積み重ねだったと思います。

 

 

 

ちょっとした悩みや行き違いを、その都度、誰かに相談していたら・・・何か変わったでしょうか?

 

母親が、父親に対する愚痴を母方の祖母に電話で話すのをいつも聞いていたため、「元夫に対する不満を自分の親に話す」は、絶対にやりたくなかったのです。

今思えば、母は愚痴をこぼすことで、精神バランスを保っていたのでしょう。

 

私は、親だけでなく、友人にも誰にも夫婦関係の悩みを話せず、一人で溜め込みすぎたのだと思います。

 

「旦那ムカつく!しばらく実家に帰る!」

みたいなことが、出来ませんでした(泣)

 

「自慢の娘から外れる」ことへの恐怖も大きかったです。

いつまでも「良い子」であることで、自分を保っていたのです。

それが家庭生活を平和に続けるコツだと信じていたから。

 




 

離婚を決めた時、いつ親へ伝えたか

誰にも夫婦関係の危機を伝えられず、心が崩壊していた当時、「一刻も早く離婚すること」だけを考えていました。

 

「離婚」=「世間体の悪い事」という思いがあったせいか、

褒められないこと、自慢の娘から外れることは、親に「止められる」と思っていました。

 

・しばらく実家に帰って来なさい

・子供がいるんだから考え直しなさい

と言われるかな?と。

 

animo

反対されるわけには行かない、親の反対で事を止めるわけにはいかない。

 

結果として、娘と一緒に家を出ることも、籍を抜くことも、一切親に伝えず進めました。

ちょっと周りが見えていない、精神的に追い詰められた状況だったと思います。

 

親を落胆させるのも怖かったんですよね。

 

元夫も、双方の親へは落ち着いたら伝えようという考えを持っていたので、その点については何も言われませんでした。

 

 

離婚して最初の年末年始、実家に帰省する予定でしたが、たまたま娘の体調不良で中止となりました。

 

用事がなければ実家とは連絡取らないので、家を出てから、なんだかんだで4ヶ月ほど経過したある日。

元夫から連絡がありました。

「親から連絡があって、話の成り行きで離婚のこと話したよ。親同士で連絡取り合うかもしれないから、報告したほうが良いかも。」

 

 

心の準備も出来ぬまま、親に報告しなければいけない状況が訪れました。

 

先に母親に伝えると、父親が母親に対して怒る?と考え(←未だに亭主関白な父親を想像してしまいます)、父親に電話で伝えることに。

 

  • 実は4ヶ月前に家を出ました
  • 籍は抜きました
  • 隠していてスイマセン
  • 働いているので、経済的に迷惑はかけません

 

絶句したものの

父「本当に困ったら帰ってきなさい、お母さんは知ってるの?」

私「何も知らないと思う」

父「お父さんから伝えておくよ。」

と電話は切れました。

 

数分後、母から電話がありました。

母「なんで??(涙涙)」

私「スイマセン、もう事後なの」

母「帰ってくれば良いのに」

そこ(笑 ?

 

30過ぎた大人が、親の顔色を伺ったり、隠したり、バカみたいですよね。

実家が好きではないと自覚しているのに、結局両親のことを気にしています。

いつまで経っても、子供なんだなぁと思います。

 

 

離婚を伝えた後も、両親は変わらず娘(孫)のことを溺愛してくれていますし、離婚を否定することもありません。

ありがたい。

実家に帰る頻度も以前と同じです。

 

 

ただ、母は私が離婚したことを親戚に隠しているようです(笑

従兄弟や伯父伯母から、未だに元夫の家に年賀状が届きます。

 

母が隠したいなら、私から伝える必要もないので、そのままです。

 

 

離婚を「いつ親に伝えるか」は、「親に悩みを相談できる関係か」によりますね。

私は内面的なことを人に相談することが苦手なため、事後報告になりましたが、これで良かったのか?今でもわかりません。

 

もし自分の娘が同じ状況だったら、もう少し早くSOSを出してほしかったと思うかも。

 

animo

親子関係も夫婦関係も難しいです。私が人間関係を築くのが苦手なだけでしょうか・・・笑

 

 

 

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